経営学と言う学問(その1)

 理系人間の私が経営学を大学院で勉強するきっかけになったのは、将来の経営人材を育成するのための、「経営の分かる技術者の育成」を目的とした企業の社内研修だった。社外から著名な企業幹部や大学教授を招聘し、全社から集められた精鋭として質の高い教育を1年近く受ける事になった。結果として分かった事は、企業組織、プロセス、人材には、本来経営学的にはあってはならない制度、組織、プロセスあり、それを管理する幹部にもまた有り得ない人材が居ると言う事実だった。研修参加者は皆それを知り、我々は「パンドラの箱」を開けてしまった、知らなければ平和なサラリーマン人生を送れたものをと嘆いたものだった。
 研修が終わり、送り出した組織に戻った研修生の中には、経営理論が指し示す本来あるべき姿と組織との乖離を是正しようと、学んだ知識を元に組織、人事、業務改革に乗り出そうとして、組織や幹部の壁に阻まれ思い悩む日々を送る事になった者も多かった。自身で理想的な事業経営しようと会社を去るものまで出た半面、研修で得た知識は知識、その教育実績を自身のキャリアとして経営幹部への道を突き進んだ者も居た。
 私はと言うと、そのどちらでも無かった。経営学が指し示す本来あるべき姿と、経営理論とは一見矛盾する企業組織が、何故持続的な成長を遂げる活動が出来るのか、そこに乖離があるとすれば、その理由が何で、どうすればその乖離を埋め、経営理論を正しく企業経営に繁栄させる事が出来るのかに興味を持った。
 経営理論に致命的な間違いがある訳でも無いが、かと言って企業の組織構造、人事制度、規則、プロセスも、その企業の実績を考えると誤っているとは言えない。だとしたら何故その様な矛盾が生まれるのだろうか。

2021年01月20日