コラム

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経営学と言う学問(その2)

 大学の理工学系の教授や学生が、企業のR&Dとの共同研究により発明した技術をベースに、企業が応用製品を開発、販売した事例は数多く存在するし、自らベンチャー企業を設立、事業運営に乗り出している例も少なくない。大学での研究成果が、そのまま企業に、また社会システムに共通言語として受け入れられ、事業成果に直結する形で社会貢献が出来ている。一方で、欧米では著名な経営学系の教授がコンサルティングファームを設立、自ら経営を実践、間接的に社会貢献出来ている事例もあるが、理工学系の教授や学生達に比べるとその数は圧倒的に少ない。事実、経営学の教授に企業経営を任せれば上手くいくと思っている実務者は多くは無いだろうし、実際の企業経営でその様な事例にお目にかかった事は、私の知る少ない経験の中では皆無である。
 確かに経営学の著名な教授が企業に招待され、企業幹部や役員研修等の講師となる事は多々ある。経営史に残る経営者や経営学者の実績、企業のケーススタディの成果を解説、一定の理解と賞賛を得るものの、それはあくまで研修としての知識であり、実務はそう簡単では無いと口に出す経営幹部の言葉を何度も耳にした。「いーよなー、会社経営に責任の無い人は。そりゃーそうかも知れないけど、本来あるべき姿の理論をかざして何でも上手くいくなら誰も苦労しないんだよ」と。

2021年03月20日

経営学と言う学問(その1)

 理系人間の私が経営学を大学院で勉強するきっかけになったのは、将来の経営人材を育成するのための、「経営の分かる技術者の育成」を目的とした企業の社内研修だった。社外から著名な企業幹部や大学教授を招聘し、全社から集められた精鋭として質の高い教育を1年近く受ける事になった。結果として分かった事は、企業組織、プロセス、人材には、本来経営学的にはあってはならない制度、組織、プロセスあり、それを管理する幹部にもまた有り得ない人材が居ると言う事実だった。研修参加者は皆それを知り、我々は「パンドラの箱」を開けてしまった、知らなければ平和なサラリーマン人生を送れたものをと嘆いたものだった。
 研修が終わり、送り出した組織に戻った研修生の中には、経営理論が指し示す本来あるべき姿と組織との乖離を是正しようと、学んだ知識を元に組織、人事、業務改革に乗り出そうとして、組織や幹部の壁に阻まれ思い悩む日々を送る事になった者も多かった。自身で理想的な事業経営しようと会社を去るものまで出た半面、研修で得た知識は知識、その教育実績を自身のキャリアとして経営幹部への道を突き進んだ者も居た。
 私はと言うと、そのどちらでも無かった。経営学が指し示す本来あるべき姿と、経営理論とは一見矛盾する企業組織が、何故持続的な成長を遂げる活動が出来るのか、そこに乖離があるとすれば、その理由が何で、どうすればその乖離を埋め、経営理論を正しく企業経営に繁栄させる事が出来るのかに興味を持った。
 経営理論に致命的な間違いがある訳でも無いが、かと言って企業の組織構造、人事制度、規則、プロセスも、その企業の実績を考えると誤っているとは言えない。だとしたら何故その様な矛盾が生まれるのだろうか。

2021年01月20日